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みなさん、こんにちは。私は「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」の渡具知武清と申します。本日はお忙しい中、「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」へ、こんなにも多くの方にお集まりいただき、ほんとうにありがとうございます。オバマ大統領、鳩山総理、私の話、そしてみんなの声を聞いてください。
私が生まれ育った久志地域の瀬嵩という集落は、大浦湾をはさむ形で、対岸にキャンプシュワブがあり、そして辺野古の海が広がっている、そんな場所にあります。物心ついた頃にはすでに米軍基地があり、ふだんから米兵と接する機会も多く、身近に米軍基地や米兵がいることがあたりまえの中で育ちました。ですから、恥ずかしながら12年前、普天間代替施設建設予定地と名指しされるまで、米軍基地について深く考えたことはありませんでした。
私たち夫婦はなかなか子どもに恵まれませんでした。13年前、やっとこの子を授った矢先、辺野古・大浦湾の海が普天間基地の代替地としてありがたくないご指名を受けました。「この子のために久志地域の自然を残したい。この子の未来に基地はいらない」…その思いだけで始めた基地反対運動でした。
自分たちのことは自分たちで決めようと行った市民投票。今その頃を振り返っても胸を張って言えるくらい、私は、そして基地建設に反対するすべての方々は頑張りましたよね(会場に問いかける)。そして市民投票に勝利しました。あの市民投票の勝利は、名護市民の「基地はいらない」という純粋な思いです。
これで基地は造られないと思ったのも束の間、この12年間で基地建設計画は撤回されるどころか拡大し続け、今や大浦湾も埋め立てる巨大な軍事基地建設計画になっています。いくら声を上げても無視され続ける現状に、声を上げることをやめてしまった仲間もいます。がしかし、私はあきらめませんでした。いや、子どもたちの未来を考えると、どうしてもあきらめることができなかった。
この12年間で、私は多くのことを学びました。かつてベトナム戦争の時、沖縄の基地からベトナムに飛び立っていった戦闘機が枯葉剤をまき散らしていたこと、そして今も、世界の紛争地域へと沖縄の基地から飛び立っている。何の罪もない人たちを殺すために…。飛び立つ場所を提供している私たちウチナーンチュは間接的殺人者です。私たちは、間接的殺人者である現実をもっと認識しなければならないと思います。
以前、新聞の投稿欄で「沖縄で起きている100件の事件のうち、米兵による事件は6件に過ぎない。それで県民大会を開催するなんて赤面してしまう」と書かれていました。冗談じゃない。この投稿を書いた人には、自分の命より大切な人はいないのでしょうか。その6件の被害者の中に自分の身内がいたらどうしますか。米軍基地がなければ起こらなかった事件が6件も起きているのです。この事実だけで十分ではないでしょうか。
またこんな記事もありました。「辺野古と決定した代替地を変更すべきではない。建設は始まっているし、名護市にお金も落ちている」と、その記事にはありました。私たちはこの12年間、辺野古・大浦湾の海に杭1本打たせていません。基地建設は何も始まっていないのです。この12年間、始めようと思っても、どうしても始めることができなかったのです。逆に考えれば、12年間建設されなかった基地が、これから先も造れるわけがないのです。名護市にお金が落ちているというのなら、なぜ名護市のメインストリートは今やシャッター通りとなっているのでしょうか。嘉手納基地を抱える沖縄市だって、決して基地で潤っているとは思えません。基地で豊かな街づくりができるはずがないことを、沖縄は身をもって証明しているのです。
今年の夏、日本は政権交代という歴史的な一歩を踏み出しました。鳩山総理、沖縄のどこにも戦争につながる軍事基地はいりません。これはウチナーンチュ、いいえ、引いては日本国民の思いです。この長年の切なる思いを真正面から受け止め、今、堂々と「米軍基地は国外へ」と宣言してこそ、世界の人々へ「日本はほんとうに変わったなー」と知らしめることができるのではないでしょうか。
どうかお願いです。これ以上、殺人基地を沖縄に造らないでください。私たちの大切な人を守るためにも、新基地建設なんてとんでもない。米軍基地は撤去するしか道はないのです。みなさん、想像してみてください。沖縄から基地がなくなり、どこからも見える真っ青の空、真っ青の海、そして平和な沖縄を。新しい基地を造るなんてとんでもない。
私はこれからも基地建設反対運動を続けていきます。でもこの13年間、頑張ってやってこれたのは、全国のみなさん、そして、今日ここにお集まりのみなさんが力を貸してくださったおかげです。ほんとうにありがとうございます。これからも、ともに頑張っていきましょう。ご清聴ありがとうございました。
12年前、市民投票の年に生まれた息子が、一言言いたいと言っていますので、聞いてやってください。 |
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ぼくは名護市久志小学校6年の渡具知武龍です。ぼくが、母のおなかにいる頃から、お父さんやお母さんは、ぼくをいろんな集まりや運動に連れてまわりました。ぼくは、最初は行くことがいやでした。単純に、行ったってつまらないからです。
でも、いろんな活動に参加することで、しだいに、両親が自分たちきょうだいや、ほかの子どもたちの将来を考えてがんばってくれていることを感じるようになりました。今は、ぼくに「ぼくたちの未来」について考える機会を与えてくれた両親にとても感謝しています。
いろいろ考えるうちに疑問に思うことがあります。ぼくが生まれた1997年に名護市で市民投票が行われて、「基地はつくらない」という投票数が勝ったと聞いています。あれから12年がたち、ぼくは今年12歳になりました。「基地はつくらない」と決めてから12年もたつのに、なぜ、いまも沖縄に基地を造ることになっているのですか。おとなになると、約束したことを守らなくてもいいのですか?
鳩山総理、「基地はつくらない」は、とても大切な約束です。約束は必ず守ってください。ぼくたちの大切な海を、そしてぼくたちの未来をこわさないでください。どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。 |
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小学校2年生の二人の娘もアピール。
「ジュゴンをみんなで守ろう! エイ・エイ・オー!」。 |
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| 参加する人たちに、平和の樹のハンカチにアピールを書いてもらいます |
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| あつい熱気に包まれた県民大会でした。 |